週末の物語 「最低と最高」
世間はお休みですが、今日も沼田さんは仕事でした。
残業をして、終電に滑り込みました。
最後の下り電車の中は、勤め帰りの人と遊び帰りの人とで混雑していました。
電車を降りて駅を出ると、なんと雨が降っていました。
朝はよく晴れていたので、傘なんて持っていません。
コンビニエンスストアに寄って傘を買おうかとも考えましたが、家までの道にはないし、わざわざ家と違う方向に進むのもめんどうくさい。
捨て鉢な気持ちで、沼田さんは雨に濡れて帰ることにしました。
「最低な夜だ。」
そう思って足早に歩いていると、同じ時刻に駅を出た人たちは、一人二人と道が分かれてゆき、沼田さんの前後を歩く人は誰もいなくなりました。
雨脚はだんだん強くなってきて、ますます沼田さんを憂鬱な気持ちにさせました。
ようやく家の近くの雑木林のそばに差し掛かったとき、人影がちらりと見えました。
沼田さんの足音に気づいたのか、その人影がくるりと振り向き、
「こんばんは。良い夜ですね。」と言うのです。
「冬眠から覚めてみたら、雨だなんて最高の夜だ。」
そううっとりとつぶやくと、ぴょんぴょん跳ねるようにして去っていきました。
顔がなんとなく緑ががかっていたように感じましたが、気のせいでしょうか。
遠ざかる足音がぺったりぺったりと聞こえたような気がしましたが、空耳でしょうか。
同じ事象に接していても、最低と受け取る人もいれば最高と受け取る人もいる。
ある人には最低のことが、ある人には最高のこととなる。
「ずぶ濡れになったとしても家に帰って着替えれば済む話だし、最高とはいえないけれど、それほどひどい夜ではないかもしれない。」
雨の夜、顔にあたる雨粒の感触をたのしみながら、家までの道を沼田さんはゆっくりと帰ってゆきました。
おしまい。