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イラストレーター・山奈央のあれこれどこそこ

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人間関係について思うこと

雑記

昨日の記事を書いていて、ふと思い出したことなどを。

これまでの人生を振り返ったとき、中学2年と高校2年に転換点とでもいう気づきがありました。

ひとつは昨日の記事に書いた高校2年のときの「好きなことだけをして生きていってもいいんだ」「自由に過ごしていいんだ」という気づきでした。

 

yamanaonao.hatenablog.com

 

もうひとつ、中学2年のときに気づいたのが「万人に好かれるのはどれほどの人物でも不可能だ」ということです。極論ですが「万人に好かれている」という理由で嫌われることだってあるわけです。

中学生の頃はいろいろと人間関係で悩むことが多く、思春期の女子にありがちとも言える「○○が最近気に入らない」「▲▲が調子に乗っている」とかいう、今考えてもよくわからないややこしいいざこざの中で過ごしていたのですが(○○や▲▲はローテーションで変わっていく)、好かれようとして行動しても、結局のところどうあってもうまくいかない相手とはうまくいかないのだということに気づいたのです。

ある意味開き直ることができて、ちょっとだけ息がしやすくなったというか。

 

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(人の数が多ければ多いほど、人間関係もややこしくなる…。)

 

「人に嫌われたくない」「仲間はずれにたくない」という気持ちが強くて周囲に気を遣って言動がぎこちなくなっていたのですが、どうやってもうまくいかない相手とはうまくいかないわけで気遣いをしても無駄なのだったら、自分の思うように振る舞えばよいのだと悟ったわけです。

しかし、「うまくいかない」と感じていた相手でも卒業後に同窓会などで会うと、お互い年を経るごとにどんどん丸くなっていて、それなりに会話が成立したりもします。学生時代は、嫌な部分が突出して見えていたのかもしれません。

自分を振り返ってもおそらくそうだったように思います。学生時代は性格がいびつだったなあ、と。かたくななようで流されやすく、潔癖で未熟な正義感をふりかざすわりには行動に統一性もなく。

周りの人をわたし自身が傷つけてしまうこともありました。

学校という閉鎖的で窮屈な空間での歪みのようなものが、その当時の人格形成にも関与していて、いびつな人間関係になっていたのかなあ、とも思います。

今は、人間関係というものは流動的なもので、嫌ならその人間関係の輪の中から出ていけばいいだけだということがわかっているし、大人になって知恵もついた分、それなりの対処法もわかってきたので、それほど人間関係で苦しむことはありません。

でも、悩むのは結局「人」のことが多いので、人間関係はいろいろと難しいものだなあとつくづく思います…。