イラストレーター・山奈央のあれこれどこそこ

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絵と文を仕事にする

今週のお題「今の仕事を選んだ理由」について。

私は今、イラストと編集の仕事に携わっています。

将来「絵や文を仕事にしたい」と漠然と考え始めたのは、確か高校2年生の頃だったと思います。

 

●高校時代~大学時代

絵を描くことは、小さな頃から大好きでした。

本についてはそれほど好きではなかったのですが、進路や人間関係などからの現実逃避もあって、高校2年生の頃から本の世界に没頭していきました。

絵を描くことが好きで、本を読むことが好き。だから、「絵や文を仕事にしたい」と漠然と考えるようになりました。それで、大学は地元の大学の文学部に進みました。大学の4年間は、本を読んだり絵を描いたりしつつ、のほほんと過ごしました。

 

●最初の上京計画

大学4年生になってまわりが就職活動をし始める中、お恥ずかしい話ですが「好きなことしかしたくない、会社勤めなんかしたくない」と青くさい考えを持っておりまして、就職活動をしませんでした…。

じゃあ何をしようかと考えていたかというと、東京に出て、イラストの専門学校に行こうと考えてました。そのために、上京資金と学費をためるべくアルバイトをして、実際に資金もたまって大学4年の終わりに東京に部屋探しに行きました。

行きましたが、…なんというか「これから『学生』という後ろ盾もなくなって、『社会』の中に放り込まれるんだ」ということに、今更ながら圧倒的な現実を感じさせられたというか、尻ごみしてしまい、「やっぱり就職すべきなんじゃないか」という気持ちになるわけです。部屋探しも難航して部屋が決まらないままいったん地元に帰り、地元での就職と上京との間で揺れ、ひとまずはじめて「就職セミナー」に行ってみました。リクルートスーツに初めて袖を通したのが、3月。そこで話を聞いた会社から、面接に来ないかと言われ、面接をしたらその日のうちに内定が出てしまい、なんだかなしくずし的に就職が決まってしまいました。

 

●最初の就職

なぜとんとん拍子に就職ができたのかよく考えればわかることですが、いわゆる「ブラック」な気質があったのですね。

教育関係の会社だったので、教員免許もないのに塾生を相手に授業をする日々が始まりました。

社長はワンマンで上司は怖いし、長時間労働でも残業代は出ない…。でも、精神的にいちばんつらかったのが、知識や経験がないために、満足な授業や指導ができないことでした。それで、最初の会社は、年度いっぱいまではけじめとして勤めて、一年で退社しました。

当時は忙しさを言い訳にして、自分の無能力さ、無責任さを認めることはできませんでしたが、もっと努力すべきだったし、もっとできることがあったと今では思います。

 

●2度目の上京計画

最初の会社を退社して次の就職先を探す中、ふらりと東京に遊びに行きました。やっぱり東京に出たいという気持ちも心の片隅にありました。最初の上京計画のときに短期間での部屋探しの難しさを実感していたので、さしたる希望もなく不動産屋に入ったところちょうどいい物件があり、勢いでその日のうちに契約してしまいました。

最初の上京計画であれほど難航した部屋探しが、うそみたいにあっさり決まったのです。

そして、「絵や文を仕事にしたい」という思いを新たに上京するわけですが、最初はホームシックというか、「本当に今の道でよいのか」という後悔と焦りで押しつぶされそうになっていました。

「時間は薬」といいまずが、暮らしていくうちにそうした苦しさは薄れていき、楽しめるようになってきましたが。

 

●2度目の就職

最初の一年は、アルバイトをしつつ就職活動をしていました。お金はないけれど時間はたくさんあったので、足しげく図書館に通ったり、イラストを描きためて出版社に持ち込みをしたりしていました。

そんな中、編集プロダクションに就職が決まり、編集の仕事に携わることになりました。そこは教育関係の書籍を主に扱っているところだったので、大学で学んだ文学の知識と、前職で教育関係の仕事をしていたという経験をかわれたというわけです。とはいえ、編集業務の経験は皆無。なのに採用されたということは、ここもいわゆる「ブラック」な気質があったわけです。

会社に泊まり込んで仕事をすることもしばしばで、仕事は大変でしたが前職と違い、残業代は出たし、たくさんのことを学ぶことができました。そして、この会社では、何より自分ができることを自分なりに頑張ることができました。

ただ、激務で毎日毎日仕事に追われて「社畜」と化していることに、これでいいのかという疑問はありました。

 

●転機

文を仕事にしたい」という思いは、編集で「文字」を見ているという点では、思っていた形とはかなり違いますが実現できたといえます。でも、「絵を仕事にしたい」という思いもあったので、忙しい仕事の合間に、こっそり公募に応募していました。

その応募作品が入選したのが、2つ目の会社に就職して2年目の終わり頃のことでした。入選の知らせを会社で受け、トイレの個室で小さくガッツポーズをしたのを鮮明に覚えています。

時期的に仕事の引継ぎがうまくできそうだったので、すぐさま同僚や上司に退職の意思を伝えて退職しました。

 

●イラスト掲載

入選したことでイラストの仕事の依頼が次々に舞い込むのではないかと甘い夢を見ていたのですが、そういうことはありませんでした…。だから、自分から動くことにしました。編集経験を生かして、誌面でどう自分のイラストが使えるのかということを念頭に置きつつ、イラストファイルを作成して出版社に持ち込みをしました。

すると、1つの雑誌がイラストを使ってくれることになったのです。

このとき、本当にうれしかったです。帰り道でスキップをしたくらいに。

 

●そして今

フリーでイラストの仕事と編集の仕事をしていますが、最初の頃はこの2つで十分なお金を得ることができず、アルバイトもしていました。しばらくして、主に編集の仕事で生計を立てることができるようになり、イラストの仕事もちょこちょとさせてもらせるようになりました。

経歴が点と点でつながって線となり、今の自分があるわけです。

私は「絵や文を仕事にしたい」という思いをかなえ、実際に仕事にすることができています。しあわせなことです。

 

でも、自分が思い描く仕事の形にはまだまだ遠いので、そこに近づけるように、努力していきたいと思います。

 

https://www.instagram.com/p/8DjIMuqnlr/

 

長い長い自分語りを読んでくださいまして、ありがとうございました!